【ACL広州遠征】 広州散策(その2)

ただの日記
03 /01 2013
飲茶前に、仲間と少しだけ観光を。

海珠広場から、2号線で北へ3駅、越秀公園で下車。徒歩5分ほどで、西漢南越王墓博物館に到着。
唐代の陶器の枕ばかり置いてありました。見てるだけで首が痛くなりました。
王様の墓からの出土品がこれでもかと並んでましたが、これ、墓荒らしちゃうんか。
なんか、赤い人が寝ていたので、We are Reds! の大合唱。

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海珠広場まで戻ってきて、ランドマーク広東裏のよさげなお店で飲茶開始。
しかし、英語が全く通じないというのが、これほど不便だとは思いませんでした。
鉄観音ではなくジャスミン茶だとわからせるまで、相当時間を要しただけでなく、
メニューも見慣れた表記がなく、どれが餃子でどれが春巻きだか、よくわからない。
英語を聞いた瞬間、店員の方も完全に及び腰で、目も逸らしがちだしw。

なんとかかんとか、食べたいものをたっぷり食べて、思いを遂げることに成功し、
前の晩、セブンイレブンで500ml1本100円ちょっとだった地ビール見つけて、たらふく飲んで、
一人2000円足らず、満足感に浸っておりました。

焼小龍包というのが、珍しかった。

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さて、仲間と別れて、地下鉄で自分のホテルへ。いよいよ戦地へと出陣です。

西鉄のオヒサルツアーや、JTBの後援会ツアー等は、各宿泊先から専用バスに乗り込みます。
独自に広州入りされた方々は、クラブの指定した2か所のホテル、
ランドマーク広東(海珠広場)、ウェスティン広州(天河)でチケットを受け取り、バスに乗車。

クラブも旗や断幕から、軽食や飲料、カバン等の持ち込みまで、ぎりぎりまで折衝しているらしく、
バスで移動中も、刻々と注意事項が修正されたり追加されたりで、緊張感は高まります。
僕らも途中でランドマーク広東に立ち寄り、サンドイッチと水の供給を受けたり、
そこに居合わせた社長がバスの中まで挨拶に来てくれたりと、一体感がどんどん高まります。

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全部で21台(だったそうです)のバスが、各方面から現地に集まり、
夥しい数の警官に導線を確保されながら、次々にスタジアム前に横付け。
そのまま、入場受け入れ準備が整うまで、バスの中で待機となりました。

ただ、スタジアム周辺に、それほど広州サポの姿は見当たらず、
実は、トラブルが生じるほど、奴らは熱いわけではないんじゃないかな、という気が。
どうしても、当局のパフォーマンスにしか見えないわ。

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うぃあ~以外にも、地元の商社マンの方々らしき人も駆け付けてくれていました。
帰りも、4万人近くの相手サポーターが、CGだったかのようにあっという間に消え失せてしまい、
僕らが退場する頃は、またのどかな雰囲気がスタジアム周辺に戻りつつありました。

ちゅうか、物々しいのは警官だけ。

ホテルに戻って、近くの中華料理屋で、また注文に悪戦苦闘しながら反省会。
翌朝早くにバスに乗り込み、とっとと中国を後にしました。


中国は初めてでしたが、ほんの少しの時間でしたが、そのスケールの大きさは痛感させられました。

海賊版だの口パクだの、尖閣だの民度が低いだの、
言論統制だの列車埋めちゃうだの、貧富の差だの公害だの、
もしかすると、彼らにとっては、些細な、小さなことなのかもしれません。

十何億もの国民を引っ張っていくには、まとめて新しいステージに上るためには、
隅から隅まで気を配って慎重に歩を進めるより、
ブルドーザーのように強引に、周囲をなぎ倒しながら進んでいくしかないのかな、とか。

その一つ一つの揚げ足を取って、蔑んだり見くびったり、舐めてかかったりしていると、
日本はあっという間に周回遅れにされてしまうんじゃないかな、とか。

こんな大国が、そもそも日本のような小国にひれ伏すようなことはないでしょう。

好き嫌いは横に置いておいて、この国とどう向き合っていったらいいのか、
ちゃんと考えなきゃダメなんだな、なんて思いながら、日本に帰ってきました。

勝ち点は持って帰れなかったけれど、貴重な体験だったと思います。

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あかひと

浦和レッズをこよなく愛する不良社会人
Twitterではukimaakahito